新海誠監督作品の中で一番好きな映画(2013年公開。46分)の小説版。
第6話 ベランダで吸う煙草、バスに乗る彼女の背中、今からできることがあるとしたら。ーー伊藤宗一郎
「じゃあ、退職手続きは夏休み明けに。上には俺から伝えとくよ」
そう百香里に伝えて、俺はベランダでの電話を終えた。伝えるべきことを伝えて、少しだけホッとしている。
お前には別に残してやれるものもたいしてないが、と、死の数日前に見舞った折に父は言った。
「まあせめて人生の中で、自分自身よりも深く愛することのできる相手を見つけることだ。それさえできれば、人生あがりみたいなもんだ」
百香里と別れることになった時、俺が思い出したのは父のその言葉だった。
凍えるような雪の舞う三月のあの夜、久しぶりに俺のアパートを訪れた百香里を見た瞬間に、俺たちはこれで終わりなのだと即座に分かった。理解したというよりも、さえぎるもののない草原で分厚い雨雲が近づくのをただ眺めるように、別れはただ眼前にあった。長かった髪を、百香里は肩の上でばっさりと切っていた。
俺を見る瞳からは、かつてあったはずの俺に対する親愛や信頼の光が綺麗に失われていた。その瞳に映っているのは、いちじるしい憔悴と、怯えと不審の色だけだった。俺はここまできてようやく、俺自身も相澤たちと一緒になって百香里を追い詰め続けていたことに気づいたのだ。
ほんとうにごめんなさい、と、心から直接撫でるような震えるあの声で百香里は言った。
今まで迷惑をかけてごめんなさい。もう、終わりにしないといけないよね。
その最後の言葉さえ、考えてみれば俺は百香里から言わせたのだ。アパート近くのバス停から、すいた都バスに乗り込む百香里の後ろ姿を見ながら俺は思った。かつて俺は奇跡に出逢ったのに。それなのに、自分では指一本動かさぬまま、それを永遠に葬ってしまった。
<感想>
映像では、ベランダでタバコを吸うシーンしかなく、その背景が見えなかったが、やっと理解できたような気がした。
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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
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