元証券マンが「あれっ」と思ったこと

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あれっ、ジェーン・グレイの処刑は歴史的必然?


【 怖い絵:レディ・ジェーン・グレイの処刑 】

 


 先日、『怖い絵のひみつ。「怖い絵」スペシャルブック』(中野京子著、角川書店)を読んだ。

 以下は一部抜粋。

 


ポール・ドラローシュ《レディ・ジェーン・グレイの処刑》


悲劇の元女王、16歳

 16世紀半ば、イングランド初の女王となりながらも、9日間しか王座につくことができなかった悲劇の女王ジェーン・グレイ。彼女を描いた作品は多々ありますが、なかでもロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する《レディ・ジェーン・グレイの処刑》は最も人気があります。作者は、19世紀前半にフランスのアカデミーで活躍したポール・ドラローシュ(1797-1856)。歴史的事実をまるで演劇の舞台を見るようにドラマティックに描く手法で知られます。

 

 花の盛りの女性が無残に処刑されようとしているこの作品は、20世紀初頭、ロンドン留学中の夏目漱石が観、後に短編小説『倫敦塔』にも結実させました。今のように高精細な画像をネットや画集ですぐに調べられるような時代ではありませんから、記憶違いの箇所もありますが、「白き手巾で目隠しをして両の手で首を載せる台を探す様な風情」とか「雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色の髪を時々雲のように揺らす」といった表現で、作品を詳しく説明しています。また「踏み躙られたる薔薇の蕊より消え難き香の遠く立ちて、今に至る迄史を繙く者をゆかしがらせる」など、漱石らしからぬ美文調の文章もみえ、本作がいかに彼の心を揺り動かしたか、知ることができます。

 


王座をめぐる争いの犠牲に

 ヘンリー8世は、3人目の妻ジェーン・シーモアとの間にやっと王子エドワードを授かりました。そこでヘンリー8世は、自分の死後の王位継承権を、1位が王子のエドワード、2位が最初の妃キャサリン・オブ・アラゴンとの間に生まれたメアリー(のちのメアリー1世)、3位がキャサリンの侍女だったアン・ブーリンとの娘エリザベス(後のエリザベス1世)、そして4位が実妹の孫であるジェーン・グレイと定めました。

 

 メアリーがカトリック国であるスペインのフェリペ2世との結婚を決めると、反省力のプロテスタントが反乱を起こします。その首謀者にジェーン・グレイの実父が関わっていたことが発覚し、ジェーンは処刑を免れられなくなります。

 

 1554年2月12日。ジェーン・グレイの処刑は、ロンドン塔のタワー・グリーンという広場で貴族たちの見守る中、行われました。たった16歳で、処刑台に立つことを決意し、取り乱すことなく死んでいったジェーン・グレイ。彼女の運命は、権力への野心に燃える舅と実父、2人の父親に翻弄されたわけです。

 


<感想>
 ロンドン留学中に夏目漱石も観た《レディ・ジェーン・グレイの処刑》。
 16歳の女王の悲劇は、当時の歴史的背景から起こった必然だったように思われる。

 

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