【 12歳のラジカセからradikoまで――『わたしとラジオ』8つの記憶 】
1975年。
山梨県大月市で小学6年生だった私のそばに、ソニーのラジカセ「STUDIO1980」があった。
ラジオから流れてくる曲をカセットテープに録音して、何度も聴いた。
それから約50年。
いまはスマートフォンを手に、radikoでラジオを聴いている。
今回、radiko×noteの「#わたしとラジオ」をきっかけに、自分とラジオとの関係を一つずつ振り返ってみた。
最初は、一つか二つ昔話を書けば終わると思っていた。
ところが、記憶をたどっていくと、次々にラジオが出てきた。
12歳のラジカセ。
高校時代の深夜放送。
大学時代のユーミン。
車の中。
そして、いま毎週聴いている山下達郎さん。
気づけば8本になった。
そこで最後に、「私とラジオの約50年」を、8つの記事でもう一度たどってみたい。
1.ソニー「STUDIO1980」――ラジオの向こうに、まだ知らない世界があった
1975年、小学6年生。
ラジオから流れる沢田研二さんや太田裕美さんを、カセットテープに録音していた。
自分で検索することのできない時代。
知らない曲が、向こうからやってくる。
振り返ってみれば、私が初めて「外の世界」を知った入口には、ラジオがあったのかもしれない。
→ 1.「ソニー『STUDIO1980』」
https://note.com/tsuruichipooh/n/n8159d390b729
2.山下達郎の「サンデー・ソングブック」――50年後も、知らない音楽に出会う
そして現在。
毎週日曜日の午後2時になると、radikoで山下達郎さんの「サンデー・ソングブック」を聴く。
オールディーズ、ドゥーワップ、ソウル。
自分では検索しなかったであろう音楽が流れてくる。
12歳だった私と、実はあまり変わっていない。
知らないから、聴く。
ラジオは今も、知らない音楽を連れてきてくれる。
→ 2.「山下達郎の『サンデー・ソングブック』」
https://note.com/tsuruichipooh/n/n37b4c1ee701d
3.中島みゆきの「オールナイトニッポン」――歌ではなく、「人」を聴いた
高校時代。
月曜日の深夜に聴いた、中島みゆきさんの「オールナイトニッポン」。
シリアスな歌を歌う人だと思っていた。
ところが、ラジオから聞こえてきたのは、明るく、よく笑い、よくしゃべる中島みゆきさんだった。
「あれっ、本当に同じ人?」
歌手の作品だけでは分からない、その人のもう一つの顔。
ラジオは、「歌」を好きになるだけでなく、その向こうにいる「人」を好きにさせるメディアだったのかもしれない。
→ 3.「中島みゆきの『オールナイトニッポン』」
https://note.com/tsuruichipooh/n/n42dc6f2cdc12
4.福山雅治の「福のラジオ」――知っていた歌を、半世紀後に再発見する
2023年。
「福のラジオ」から、福山雅治さんが歌う、さだまさしさんの「雨やどり」が流れてきた。
1977年に流行った曲だから、もちろん知っている。
ところが改めて聴くと、
「あれっ、この歌、このあとどうなるんだっけ?」
と思った。
若い頃はメロディーを聴き、歳を重ねてから物語を聴く。
曲は変わっていない。
変わったのは、聴いている自分だった。
ラジオは、知らない音楽だけでなく、「知っていたはずの音楽」にも再会させてくれる。
→ 4.「福山雅治の『福のラジオ』」
https://note.com/tsuruichipooh/n/n129daf7e8f35
5.松任谷由実の「オールナイトニッポン55時間スペシャル」――ラジオが40年前の自分を連れてくる
2023年2月。
ラジオからユーミンの声が聞こえてきた。
すると、1982年の自分が戻ってきた。
大学に入学した年。
国立の街。
兼松講堂。
一橋祭で見たユーミン。
ラジオは、外の世界へ連れていくだけではない。歳を重ねると、自分の過去へも連れていってくれる。
昔に戻るのではない。
今の自分が、昔の自分に会いに行く。
→ 5.「松任谷由実の『オールナイトニッポン55時間スペシャル』」
https://note.com/tsuruichipooh/n/n00c23ad20f96
6.坂本美雨の「ディア・フレンズ」――曲から、人へ。人から、考え方へ
「ディア・フレンズ」で聞いた、いきものがかり・水野良樹さんの話。
そこから「HIROBA」という活動を知り、異分野の人との出会いについて考え、気がつけば野中郁次郎先生の知識創造理論の「場」にまで考えが広がっていた。
最初から、そこへ行くつもりはなかった。
ラジオを聴く。
「あれっ?」と思う。
少し調べる。
また別の世界が見える。
曲から、人へ。
人から、考え方へ。
ラジオは、音楽以外の「まだ知らない世界」にも連れていってくれる。
→ 6.「坂本美雨の『ディア・フレンズ』」
https://note.com/tsuruichipooh/n/n168e7ed5d541
7.車の中のラジオ――人生の「空白時間」に寄り添っていた
大学時代。
仕事へ向かう途中。
仕事から帰る途中。
どこかへ遊びに行く途中。
振り返ると、人生には「目的地と目的地の間」がずいぶんあった。
そして、そこにはラジオが流れていた。
何かを学ぶわけでもない。
成果を出すわけでもない。
ただ、聞き流している。
でも、ラジオが空白を埋めてくれたのではない。
ラジオがあったことで、むしろ「空白のままでいられた」のかもしれない。
人生の本番と本番の間。
名前のつかない移動時間。
そこにも、ちゃんと自分の人生は流れていた。
→ 7.「人生の移動時間には、いつもラジオが流れていた?」
https://note.com/tsuruichipooh/n/nc951f6365d12
8.ラジオの価値――「予定外」との出会い
そして最後に、約50年間を振り返った。
1975年のSTUDIO1980。
2026年のradiko。
機械も聴き方も、まったく違う。
それでも変わっていないものがある。
自分で選んでいない曲が流れる。
知らない人が話す。
忘れていた歌に出会う。
昔の自分を思い出す。
知らなかった考え方に触れる。
ラジオには、「予定外」がある。
だから私は最後に、こんな「あれっ?」を持った。
ラジオは本当に「古いメディア」なのだろうか。
→ 8.「あれっ、ラジオは本当に『古いメディア』なのだろうか?――12歳のラジカセからradikoまで」
https://note.com/tsuruichipooh/n/n25b014c04ce6
8本を書いて、初めて気づいたこと
8本を書き終えて、改めて並べてみた。
すると、私がラジオから受け取っていたものは、音楽だけではなかった。
12歳のときには、外の世界。
大人になってからは、知らない音楽。
深夜放送では、歌手の素顔。
歳を重ねてからは、昔の歌との再会。
そして、昔の自分との再会。
さらに、人の考え方や、人生の余白。
ラジオとの付き合い方も、自分の年齢と一緒に変わっていたのである。
「探す」ことと、「出会う」こと
この8本を書きながら、何度も考えたことがある。
今は、とても便利な時代である。
聴きたい曲は検索できる。
見たい映像も探せる。
知りたいことも、すぐに調べられる。
AIに聞けば、知らなかったことまで教えてくれる。
でも、検索するためには、何を探すかをある程度知っていなければならない。
知らないものは、検索できない。
ラジオは違う。
こちらが頼んでいないものを、向こうから届けてくる。
それが、ときどき人生に残る。
あれっ、50年を振り返ると、いつもどこかでラジオが流れていた?
このシリーズを書き始めるまで、私は自分を「熱心なラジオリスナー」だとは、それほど意識していなかった。
けれど、記憶を一つずつ掘り起こしてみると、いろいろな場所にラジオがいた。
小学6年生の部屋。
高校時代の深夜。
大学時代。
車の中。
そして、いまの日曜日の午後2時。
あれっ。
50年を振り返ると、いつもどこかでラジオが流れていたのではないだろうか。
人生には、こちらから探しに行ったものだけではなく、偶然向こうからやってきたものがある。
一曲の音楽。
誰かの声。
一つの言葉。
思い出していなかった記憶。
そこから始まった「あれっ?」。
もしかすると、ラジオは私に何かを教えてくれたのではなく、
「まだ知らないものがあるよ」
と、50年間ずっと教えてくれていたのかもしれない。
12歳の頃、ラジオの向こうには、まだ知らない世界があった。
そして今も、
ラジオの向こうには、まだ知らない世界がある。
「ラジオの向こうに、まだ知らない世界があった」マガジン
https://note.com/tsuruichipooh/m/md360599d730a
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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
発行者HP http://tsuru1.blog.fc2.com/
同note https://note.com/tsuruichipooh
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