【 新海誠の「君の名は。」と村上春樹の「カンガルー日和」 】
1.「カンガルー日和」(村上春樹著、講談社文庫)の「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に会うことについて」より
とにかくその科白は「昔々」で始まり、「悲しい話だと思いませんか」で終わる。
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昔々、あるところに少年と少女がいた。少年は十八歳で、少女は十六歳だった。(略)
ある年の冬、二人はその年に流行った悪性のインフルエンザにかかり、何週間も生死の境をさまよったすえに、昔の記憶をすっかり失くしてしまったのだ。彼らが目覚めた時、彼らの頭の中は少年時代のD・H・ロレンスの貯金箱のように空っぽだった。
しかし二人は賢明で我慢強い少年と少女であったから、努力に努力をかさね、再び新しい知識や感情を身につけ、立派に社会に復帰することができた。彼らはちゃんと地下鉄を乗り換えたり、郵便局で速達を出したりできるようにとなった。そして75パーセントの恋愛や、85パーセントの恋愛を経験したりもした。
そのように少年は三十二歳になり、少女は三十歳になった。時は驚くべき速度で過ぎ去っていった。
そして四月のある晴れた朝、少年はモーニング・サービスのコーヒーを飲むために原宿の裏通りを西から東へと向い、少女は速達用の切手を買うために同じ通りを東から西へと向う。二人は通りのまんなかですれ違う。失われた記憶の微かな光が二人の心を一瞬照らし出す。
彼女は僕にとっての100パーセントの女の子なんだ。
彼は私にとっての100パーセントの男の子だわ。
しかし彼らの記憶の光は余りにも弱く、彼らのことばは十四年前ほど澄んではいない。二人はことばもなくすれ違い、そのまま人混みの中へと消えてしまう。
悲しい話だと思いませんか。
※
僕は彼女にそんな風に切り出してみるべきであったのだ。
2.「電子特別版 ダ・ヴィンチ特集 新海誠の“言葉”」の「新海誠を作った14冊」より
高校時代に『ノルウェイの森』で村上春樹さんと出会い、作品を追いかけるようになりました。モノローグの言葉遣いにも影響を受けたと思いますし、春樹さんの文体特有の“何度も繰り返し読みたくなる感じ”は、自分が作るものもそうでありあいと思う、ひとつの憧れです。
一番影響を受けたという意味では、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を挙げたいですね。東京をベースにした物語と、「世界の終り」という名の理想郷の物語、2つの物語が交錯しながら進んでいく構成です。壁に囲われた理想郷で暮らす「僕」は、外へ出て行こうとしている。(略)
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の主人公は、「僕はここにとどまる」と言うんですね。「僕にはその責任がある」と言う。価値観をひっくり返されるような衝撃を受けました。
作家は作品に対してどう責任を負うべきなのか、ものづくりをするうえでの姿勢の部分で、大きな影響を与えられたような気がします。
<感想>
高校生以来、村上作品を追いかけるようになったという新海誠監督が、「カンガルー日和」を読んでいる可能性は高いように思われる。
「君の名は。」を含めた新海誠監督作品に、村上春樹を含めた様々な作家の影響があると思うと、それらの本を改めて読んでみたいような気がする。
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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
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