元証券マンが「あれっ」と思ったこと

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あれっ、熊本五校での経験が作品に影響?


夏目漱石:熊本・内坪井旧居 】

 


 先日、夏目漱石内坪井旧居に行ってみた。
https://kumamoto-guide.jp/spots/detail/79

 

 以下は、添付Webサイトからの一部抜粋。

 


熊本大学五校記念館
https://www.goko.kumamoto-u.ac.jp/history6.html#pf04

 

夏目漱石
1867(慶応3)年 東京生まれ
英語
在職期間:1896(明治29)年~1903(明治36)年

 

1890(明治23)年大学予備門、1893(明治26)年帝国大学文科大学英文科を卒業。大学院に進学したが、同年東京高等師範の教師となる。1895(明治28)年愛媛県尋常中学校の教員として赴任し、下宿に同居した正岡子規の影響で句作に熱中、次第に俳壇に出るようになる。

 

1896(明治29)年五高に赴任。自宅で俳句結社「紫溟吟社」を主宰した。生涯の俳句のうち4割を熊本で詠み、中には五高を詠んだ「五高吟」が29句ある。また、ボートレースに出場するなど活発な青年教師であった。

 

熊本で中根鏡子と結婚し、長女筆子が生まれる。1900(明治33)年文部省から英語研究のため2年間のイギリス留学を命じられ、ロンドンへ赴く。

 

1903(明治36)年に帰国後、五高を辞職し、第一高等学校、東京帝国大学講師となる。1907(明治40)年朝日新聞入社、生涯を通じて多くの作品を発表する。

 

草枕』『二百十日』『三四郎』『我が輩は猫である』等は、熊本時代の経験をもとに書かれたものである。

 


ご参考1)夏目漱石・旧宅
https://www.city.shinjuku.lg.jp/kanko/file03_01_00027.html
http://www.yado.co.jp/kankou/kumamoto/kumamsi/souseki/souseki.htm

 

ご参考2)寺田寅彦夏目漱石先生の追憶」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2472_9315.html

 

ご参考3)夏目鏡子漱石の思い出」
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167208028

 


<感想>
安田財閥系の)富士銀行熊本支店長宅として使用され、その後、熊本市に寄贈された内坪井居宅。漱石の、家にこだわらず、引越し回数が多いのは、幼少期の里子や養子の経験の影響らしい。五校赴任時代の経験が漱石に大きな影響を与えたものと思われる。

 

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