【 向田邦子の恋文 】
以下は、「向田邦子の恋文」(向田和子著、新潮文庫)からの一部抜粋。
茶封筒のなかの″秘め事″
一冊の大学のノートと二冊の手帳、数通の手紙が入っている茶封筒を見つけたのは姉の迪子だった。内容を確かめもせず、私に手渡した。
「これ、カメラマンの人とのものだと思うよ。あなたが持っていなさい。いつか見せてもらつかもしれないけど。いろんな事が落ち着いて、気持ちの余裕が出来たら、あなたも読んだらいいと思う・・・・・・」
茶封筒を開ける
姉が死んで、二十年近く経っていた。その間、幾度となく心が動いたが、受け止めるだけの気持ちの余裕や自信、覚悟ができてなかった。
いざ茶封筒を前にすると、それでも自分勝手に踏み込む重さを感じた。
茶封筒のなかみは、N氏に宛てた姉の手紙五通、電報一通、N氏からの姉への手紙三通、N氏の日記(大学ノート一冊)、N氏の手帳二冊だった。
N氏に宛てた姉の手紙を繰り返し読むことから始めた。
姉がありのままの自分をさらけ出している。甘えたり、ちょっぴり拗ねてみたり、愚痴をこぼしたり。そして姉らしい、細やかな心遣いとユーモアがある。
この人のことは心の底から信頼していたんだ。何もかも話していたんだ。人生のよきパートナーに出逢っていた。あの時期、一緒に生きていたのだ・・・・・・。
手紙の書かれた昭和三十八年、三十三、四歳の向田邦子。
この手紙には、まさに向田邦子の、そしてその後の向田邦子作品の秘密が詰まっている。
男の弱さ、強がり、に対する憎しみと赦し。
N氏の撮った向田さんの写真はハッとするほど美しい。おそらく向田さん自身もその写真を見て、自分の知らない自分の美しさを知らされたのではなかったか。
そこに写っているのは、N氏だけが見つけた向田邦子だった。写真の中の自分の姿を見、自分を見つめるN氏の深い目を感じた時、向田さんがどれほど満ち足りた思いをしたかは、計り知れない。
この写真を撮ってくれる人が側にいれば、自分は生きていける。きっと向田さんはそう思った。そして自分にとってその写真と同じレベルのもの、あるいはそれ以上の愛情をN氏に与えたい、返したいと願ったに違いない。自分にはそれが出来ると、向田さんは信じていたと思う。
しかしその思いはN氏の自殺によって突然打ち切られる。その死によって向田さんに突きつけられたものとは何だっただろう。
向田さんの男を見つめる視線には、敗戦後、自信をなくし、肩を落とした男達を見つめた日本の女達の厳しさと、優しさがある。
死を選んだ男と、生を選んだ女。
(ご参考)NHKアナザーストーリーズ「突然あらわれ突然去った人〜向田邦子の真実〜」
https://www.nhk.jp/p/anotherstories/ts/VWRZ1WWNYP/episode/te/RYXGKM7GR7/%3Fusqp%3Dmq331AQQKAGYAZOSrJiulb-nWbABIA%253D%253D
<感想>
先日、NHK BSでの上記番組を見て、本書を読んだもの。
突然のN氏の自死が向田邦子の作品に影響を与えたと思うと、とても切なくなる。
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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
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